प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

Let it be

'09.12.14

ビートルズの名曲「Let it be」はいい曲ですが、「あるがままに」「自然法爾」というのは、受け止め方を間違えるととんでもないことになります。

「あるがまま」「そのままでいい」というのは、昨今のスピリチュアルブームで一層の加速を見せています。そして仏教はその源泉の一つであるとされ、そんな「ぬるーい」「やさしーい」思考の親玉みたく思われているようです。
とりわけ如来蔵思想や仏性思想はその典型と思われています。
しかし如来蔵思想にしても、修行して覚に至らなければ(あるいは弛まぬ菩薩行の実践なくしては)、別に仏性などあってなきが如しなんですけれどね。法華経の「衣裏繋珠」の比喩にある如く。

たとえばいくら銀行口座に莫大な貯金があったって、暗証番号も知らず通帳もハンコのありかも知らず、そもそも口座があるのがどの銀行かもよく知らぬでは、そんな貯金などないも同然。
それでも「いいんだよ、そのままで。だってそれでも金持ちであることに変わらないから」などと言う人間がいるでしょうか。いるわけないです。

確かに私たちの本性は如来そのものであり、自性清浄なる真如法身を本質としています。その意味では我々は「全世界を所有するほどの金持ち」ですが、その財産の在り処と引き出し方・使い方を学ばなくては詮無いことです。
「そのままでいい」というのは、自分自身の絶大無限なる価値を否定して卑下すべきでないことを意味しますが、それを知った時、そこに留まるのならば今度は高慢と怠惰の罪に陥るでしょう。