प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

変成男子

'19.06.08

某SNSで「変成男子」の話題がありました。

『無量寿経』だと確かに極楽は男の園だったかと思うんですが、『法華経』の場合は女のままで成仏できるんですよね。龍女については誤解があるけど、男子になったのは成仏の後の上座弟子への「折伏」のためで(あれは性別だけでなく、「子供」「ナーガ」差別にも関わると思う)。『維摩経』の天女の段にしても女人成仏を妨げてないし、「男女を論ぜず」の弘法大師のように、真言密教でもそこは同じ。そもそも釈尊自体が女性について宗教的資質が劣ることを明快に否定している。そう言えば日蓮聖人も霊山往詣について語る時、女性は女性のままであり、男子に変わるなど一言も述べていないように記憶している。

要はインドから東アジア世界における一般的な女性蔑視が後代に部分的に混入しただけで、部派と最初期の一部の大乗思想を除く原理的な仏教思想のメインライン(釈尊と大乗)に女性差別はもともとはない。が、仏教史上、強固な一般社会の女性蔑視を解消するために、しかし抜き難い男性優位観念に無意識に囚われた状態でそれやろうとしたから、なんだか複雑な理屈や描写になってしまったけど、要は表現の表面にとらわれずに「何を言わんとしてたのか」を考えれば、また見えてくるものもあろうかな、と。
もちろん現場レベルは世の常識に沿って動いてしまうから、ひどい差別は世間並みに行なわれたであろうことはわかるけど。