प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

陰徳と陽徳

'17.11.07

「性霊集」に、こうあります。

死の恐怖に怯えてばかりいて、無常から脱却する陰徳を積むことをせずに、
蝶のようにひらひらと、浮世の雲のように遊んでいる
            

これは、「死の恐怖だけでなく、生活全般のさまざまな問題に悩むばかりで、自分の心や行動の向上を図らずにグチや不満、あるいは思考停止して過ごすだけなら、苦はやまない」ということを言っています。そして苦をなくすには、徳を積むことが勧められています。
徳には「陰徳」と「陽徳」があります。陰徳は隠れてする善き行いのことで、陽徳はおおっぴらにする善き行いです。ここで弘法大師は陰徳を勧めておられますが、陽徳も立派なことです。どちらでも構いませんけれども、いずれにしても「徳を積む」ことで、自分の心が善い方向に進み、熟されていきます。そして、心が浮ついたり固まってしまっていれば、「苦しみ」はいつまでも影のようについてきます。しかし心が徳と善に包まれていれば、苦は徐々に薄くなり、楽が増えてきます。
確かにいくら心が立派でも、病気になったり災難に出会ったりしますし、いつか人は死んでしまいます。しかし「苦」というのは、そういう出来事にどう向き合うかで、その大きさが変わっていきます。いくら環境が恵まれていても苦しみに生きる人はいますし、不治の病でも喜んで生活している人がいます。
環境を変えることは難しくとも、徳を積み心を善くすることはいつでも始められます。ですから、「苦」を脱して「楽」を得ることは、いつでも可能なのです。
明るく楽しく、人のために、徳を積みながら生活すれば、きっと光の生活になっていき、自分も家族も、またこの世の中ぜんたいが明るくなっていくでしょう。