प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

悪平等

'17.12.09

悪平等の者は未得を得と為し不同を同と為す 善差別の者は分満不二 即離不謬なり

悪平等の者は、会得していないのに心得ているといって何もかも一緒にしてしまう。善差別の者は、相違を認めながらも、その根底は平等であると見る。

「十住心序」

…………………………

「仏教は空だから」と言って何もかも言明せずに斜に構えたり、あるいは言葉の機能がどうとかこうとかいう理屈で相手の言い分を「相対化」して口を閉ざさせたり、それはまさに悪平等であり、偏見である。意外に仏教を学び始めたくらいの人に多いが、それなりの経験があるはずの僧侶にもいる。究極的には同じだからと言っても、現象世界はやはり様々に現象しているし、心は究極に住みながら安んじているわけではない。荒れ狂う波に翻弄される小舟の上で不動を偽装しても、やはり船は沈むのだ。波の性質を学び、操舵しながら、海を知り自分のものとしてはじめて真実の不動心が顕れる。