虚往実帰
'16.12.20虚しく往きて実ちて帰る (性霊集 二)
弘法大師は中国・唐代に大陸に行かれて真言密教の第八祖となられましたが、師である第七祖・恵果和上の人となりを書かれた文章の中に、上記の言葉があります。
辛いひと苦しいひと、虚しいひと悩むひと、どのような者であれ、恵果和上に会えば必ず満ち足りて帰ることになる。これは仏法だけでなく、物心両面のことです。
さて、弘法大師は大陸に行かれて密教を学び修行して真言密教のすべてを受け継いで帰って来られましたが、まさに虚しく往きて(密教の究極を求めて大陸に赴き)実ちて帰られたわけです。
僕たちにとってもまた、仏法を学び行ずる事が、これと同じことを意味しています。
この世に人として生まれたことはよくよくのことですが、僕たちは生まれてこのかた非常に無為に過ごしてしまっています。一所懸命に勉強し働いたといても、この世のかりそめの価値観や煩悩に縛られているならば、それはやはり虚しいことです。
この虚しい存在である僕たちはしかし、この得難い人身を得ているのです。この一生は、学びと修行の場です。恵果和上に当たるような師もおられます。どこに? 経典や釈尊や弘法大師の言葉と行跡があるじゃないですか。また、仏菩薩の導きも。
ですから僕たちは死ぬとき、必ず満ち足りて帰ることができるのです。目の前に、素晴らしい宝が山と積まれています。見えますか?
はやくそれを取って、学び、行じ、満ち足りて生きましょう。そうして回りを利益し、悠々と死に、本源に帰って往きましょう。
仏教には、そのためのすべてが揃っています。