प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

薬師如来の信心

'22.02.07

自他平等にして妄執を断割し 
怨親斉しく沐して転禍為福せん

「性霊集六」

自他ともに平等に煩悩を断ち、怨親を超えて仏に救われ、禍が福に転ずることを祈る。

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2/8は旧暦では新年になり最初の薬師如来の御縁日「初薬師」になります。福楽寺の御本尊の薬師如来は昔から「厄除け薬師」と言われ、厄年の方に限らず、心から信心をするあらゆる人の災難、病気、悩みなどを救ってくださる霊験あらたかな仏様であります。

とは言え、ただ口を開けて待っているだけではいけません。肝心なことはまず信心です。薬師如来の守護をいただく私達が御本尊に対して信心がないならば、まるで底の抜けたコップに水を入れるようなものですから、霊験も何もあるわけがないのです。
ですからまず第一には、子供のように素直に手を合わせ信じる気持ちが大切。

それから信心というのは、単に「自分や家族にご利益がありますように」という、狭い心では意味がありません。「私が、私たちが」という心(これが煩悩の根本原因です)は信心を腐らせ苦を起こし、厄難を呼び寄せます。そうではなく、「私や私たちだけではなく、すべての人に、近隣から地球の裏側、嫌いな人や敵であっても、みんなに福徳がありますように」と思って祈ることが大事です。
私たちの心は狭く低いのですが、仏様の慈悲は高く広いわけですから、仮に他者、とりわけ無関心な相手や敵に対して私たちがその幸せを祈れなくとも、仏様にその祈れない心・煩悩ごとお預けして、せめて「みんなが平和に暮らせますように」と祈ってください。

御本尊への信心と平等に他者を祈る心。
この2つを持とうと決心してこそ、私たちの心が清くなり、仏様に通じるようになり、護られていくことになるのです。
それが弘法大師の言われる「自他ともに平等に煩悩を断ち、怨親を超えて仏に救われ、禍が福に転ずることを祈る」ということの意味です。