痩せた近代主義
'24.06.26日本仏教、特に神仏習合的なというか、神懸ったやつとかを批判したい気持ちはわかるんだけど、言うても1300年の積み重ねで、先人がそういう信仰世界で「救われた」あるいは「何かしら掴んだ」事実は確かにあるわけで、何もない搾取だけの暗黒邪教だったらさすがに民衆に支持されなかったろうし、それを実践する僧侶も絶えてたと思うわけ。
これは「文化」の問題ではなく、仏教とか◯◯教とか以前の、「宗教」としてのあり方の問題。言語や文化という二分主客相対を通しての、しかし何かしら相対を絶した「事実」に繋がるものがなければ、続いてないよね。
そこを度外視して、原理主義だか科学主義だか知らんけど、「啓蒙された正しい私」の主張(所詮は世俗相対の枠内のそれ)だけを振り回して、他者を叩きのめすのは、そもそも宗教的なセンスがないと言わざるを得ない。視野が狭い。「それ(神、仏、真如…)」を人間理性の下位に置いて、理論や言説で理解できる範囲で受け止めるだけの痩せた近代主義でしかない。