恩
'25.03.25仏教では修行や覚りが重視され、家庭生活や親子の関係が等閑に付されているというイメージがありますが、果たしてどうでしょうか。確かに親子の情よりも仏道を歩むことを重く見ているのは確かなのですが、だからといって家庭生活を無視して良いとはされていません。
家庭生活はまず、夫婦の関係、そして親子の関係で成り立ちます。
これを幸せに保つには、お互いの思いやりがすべてです。
仏教にはこれらの関係について、様々な教えがありますが、今回は「子の立場」からの教えをいくつか見てみたいと思います。
まず、親の恩とは何かを見ます。
『父母恩重経』に、特に母親の十の恩が書かれています。
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父母の恩徳に十ある。
第一に懐胎守護の恩。懐妊中に母はお腹の子を思い、常に心身を守ってくれた恩。
第二に臨産受苦の恩。母は出産の時、生死の境をさまようほどに苦しまれた恩。
第三に生子忘憂の恩。産み終わり子の顔を見るときはそれまでの苦しみを忘れ喜んでくれた恩。
第四に乳哺養育の恩。自らの血液である百八十石もの母乳を与え、養育してくれた恩。
第五に廻乾就湿の恩。母は汚れた所に寝て、乾いた所へ我が子を寝かせる恩。
第六に洗灌不浄の恩。子が服やおむつなどに排泄した不浄物を汚いものとせずに洗いきよめる恩。
第七に嚥苦吐甘の恩。自らはまずいものを食べる、また何も食べなくとも、子にはおいしいものを食べさせる恩。
第八に為道悪業の恩。子供のために地獄におちても子の幸せを願う恩。
第九に遠行憶念の恩。子が親を離れて住む、または旅をするときには寝ても覚めても我が子の無事を願う恩。
第十に究竟憐愍の恩。生きているうちは我が身に代えて子を守り、死んだ後もあの世から常に慈しみを垂れる恩
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親子関係は家庭により様々あります。中には暴力を振るう親、育児放棄をする親、果ては子を殺す親なども世の中にはいます。
「親の恩」を語るのは非常に難しく、人によっては「親の恩」など考えたくもない、という人もいます。
しかし広く考えれば、やはり親の恩あり、子に報恩あり、という関係が理想なのは間違いなく、社会にそのような関係が広まるように努力することが、よりよい世界をつくる礎になるのではないかと思います。
さて、親の恩があります。
しかし子供は昔から、それに報いることをしないことが多かったようです。
『スッタニパータ』というお経には「老いて朽ち衰えている母または父を養わないで、みずからは豊かに暮らす人…これは破滅への門である」と書かれていますが、これはどの時代にもあることだと思います。
ですから人は心を起こし、親の恩を思い、努めて「父母に仕える時には、両親を完全に護り養って、いついつまでも両親が平安に過ごされるように願う」(華厳経)ようにしなくてはなりません。
生きている親に孝養するのは当たり前ですが、これは親が亡くなったあとも同じことで、体は亡くなろうが、親の魂は必ず今も近くにあり、私たちを慈しみの眼で見ているのです。
そして大切なことは、今言ったことはそれぞれが自分のこととして考えなくてはならない、ということです。他人に向かって「あなたは親孝行をしていない」とか「もっとあれをやれ、これをやれ」と言ってはならないのです。報恩の仕方、その形は色々です。家庭のあり方、考え方、やり方も千差万別です。
仏教の教えは法律ではありません。他人を裁くためにあるのではないのです。
ただ、心を思いやりと感謝で満たし、それをそれぞれのやり方で表現すれば良いのです。
また、これは子の立場からの教えです。親の立場からはまた違う見方があるし、あって当然です。
いずれにしても、親子関係だけではなく、あらゆる関係には思いやりが基本です。感謝と思いやりがあれば、きっと平安で穏やかな世界に少しずつ、近づいていくのではないかと思います。