動詞
'25.11.05真如、あるいは法身、大我、いや、この阿梨耶識たる私、あなた、荒立つ現象の波ひとつひとつはすべて、名詞ではなく動詞だ。それらを個別化された名詞だと思いなした時点で世界は虚妄となり、苦に帰結する。
それらは動詞である。あらゆる名詞くさい諸々の概念も、動詞語根から現象した仮初の淡い存在に過ぎない。
動詞の存在論…それを認識する側も動詞だ。
そうしてそんな存在論やら認識論はやがて輪郭を失い、動詞も名詞も否定も肯定もない極点になる。
そこが離言真如であり、ブラフマンであり、神であり、私たち迷妄の者が言葉で語るべきではない地点になる。
しかし迷妄の者はそれを軽率に概念化してしまい、名詞化して更なる無明に安住し、その限りで合理的な解釈を施して満足しながら地獄に赴くことになる。