法句経を読む 4
'25.11.05「彼、われをののしり
彼、われをうちたり
彼、われをうちまかし
彼、われをうばえり」
かくのごとく、こころ
執せざる人々こそ
ついにうらみの
止息を見ん
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冒頭から20までは二詩で一組。
なぜ「執するか」というと、他者と引き比べて「我、私」を中心に、かつ高く(低く)置いているから。
自分と他者を分離して「私」を中心にし、それでいて判断の物差しはいつも他人の目、他人の評価。
それに縛られては、人は苦しくなるばかりだろう。
価値の中心に置くのは何であるべきだろうか。
変わらぬもののみが中心であるべきだ。あるいは、変わるとか変わらないとかを超えたものが。
真如、神…人の貼り付けるラベルは何でも良いけれど、その「限定を超えた絶対なるもの」は、愛や慈悲として私たちに触れてくる。
そう、それが中心だ。