प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

法句経を読む 5

'25.11.05

まこと、怨みこころは
いかなるすべをもつとも
怨みを抱くその日まで
ひとの世にはやみがたし
うらみなさによりてのみ
うらみはついに消ゆるべし
こは易らざる真理なり

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ややわかりにくい文章ですが、「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない」(中村元訳)ということです。
当たり前の事実ですが、私たちはその当たり前がどうしても出来ない。それが実際のところでしょう。

ところで、一人称の主語として、私たちはいつも「私、俺、僕」を使います。
それを意識的に「私たち」に変えてみましょう。その「私たち」は味方や内輪ではなく、宇宙全体のすべてを包括した「私たち」です。

私は毎日の食べ物が欲しい。
私たちはみな毎日の食べ物が欲しい。

私は幸せでありたい。
私たちはみな幸せでありたい。

私は平和でありたい。
私たちはみな平和でありたい。

私は優しくされたい。
私たちはみな優しくされたい。

私は死にたくない。
私たちはみな死にたくない。

敵も味方もありません。迫害する者もされる者もありません。
すべて、みな。

怨みや怒りや嫉妬、それらは誰しもにとって願わしいものではありません。
手放すことは難しいですが、勇気を持って、信仰を持って、手放しましょう。手放せない思いがあるのなら、大きな存在に委ね、それに引きずられることから離れましょう。