法句経を読む 11
'25.11.05精要(まこと)なきものに
精要ありと思い
精要あるものを
仮と見る人は
いつわりの
思いにさまよい
ついに真実に
達りがたし
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この言葉を、「●●教こそ真実だ、他は邪教だ」などと受け取ってはならない。
真理(精要)は教義や言葉や立場、つまり把握可能な相対性の中にはないのだから。
あらゆる言説概念を超えた、相対的認識の彼方にしか究極の真実はなく、それは教義や思想では把握することができない。
そして私たちは「それ」と一致し、相対を超えた真実在を達成しなくてはならない。
これがわからないならば、いつまでも仮の世界に留まるしかない。