प्रज्ञापारमिता
~仏教のおはなし~

'19.04.11

諸戒具足せざれば慧眼闇冥なり この意を知って眼命を護るが如くすべし

様々な戒を身に付けなければ、智慧の眼は開かれない。戒の意味を正しく知って守ることである。

『遺誡』

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・戒定慧の大切さ
・戒の功徳
・十善戒
不殺生
不偸盗
不邪淫
不妄語
不綺語
不悪口
不両舌
不慳貪
不瞋恚
不邪見
・身三口四意三
・戒と律
・戒名

仏教の修行には段階があり、まずは戒を受け守るのが第一歩です。戒を意識して守るよう努めながら、様々な具体的な行(定)を行い、その先に仏の智慧が現れて来ます。
このように、必ず【戒→定→慧】が大切です。そして、なかなか定や慧がままならなくても、戒の生活は功徳を積むことになり、後世は覚りに至らなくとも、かならず善趣、よきところに向かうとされています。
ですから、まずは戒。戒こそがすべてのスタート、基盤になります。

戒とは具体的には【十善戒】です。
身と口と心を善き方に整えて生活する指針で、これは他律的な義務やルール(律)ではなく、自らが進んで守ろうとすべき行動規範であり、また守るように努める中で徐々に身に染み込んで、自分の心の傾向性・サンスカーラを変えていく手段になります。

戒名というのは、この十善戒を授かった者に与えられる、仏弟子の証です。真言宗にいては、弘法大師の弟子となった証です。
今は葬儀のときに授戒と戒名授与をすることが大半ですが、本来は生きているうちに受戒して戒律生活を心掛けるのが本当です。
私の両親は既に戒名を持っていますが、受戒しています。誰であれ、そうすることは可能です。

戒や律には様々なものがありますが、すべて十善戒が根本です。
これを学び、また六波羅蜜や四無量心というものも学びながら、具体的な修行、たとえば坐禅や念仏や題目、真言宗ならば観法や真言念誦などを真摯に行えば、必ずいつか覚りの世界に至ることができ、また縁のある人や先祖、亡き親兄弟のみならず、すべての衆生を救いあげていく働きが出来るようになります。

私達は、そのような高い理想を忘れずに、地道にコツコツと仏道を歩んで参りたいものです。