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'19.01.22
実践
若し法身は無始の時より無差別無数量なるも 法身を得んが為には、応に功用を作さざるべからず 仏の究極的な法身は本来的に時間を超え分別次元を超えていると雖も、自分自身が法身となる、つまり覚りブッダとなるには、努力し実践しなく…
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'19.01.11
人間崇拝
当に知るべし、衆生は自ら度するべきものにして、仏は度すること能わざることを。努力よや、努力よや。自ら修して他の仏力に椅ることなかれ。経に云はく、夫れ法を求めむ者は仏に著いて求めず。 『頓悟要門』 …………………………………
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'18.12.23
懈怠と慈悲
『摂大乗論釈真諦訳』 精進の行は久遠時の中に於て、一切の善を修す。若し衆生に於て慈悲心無ければ、自身を愛惜し、修行する所に勝れたる功徳有ることを見ざるが故に、修行する所の中に於て疲怠の心を生ず。此の心有るに由りて精進する…
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'18.12.15
善悪苦楽
因果は信ぜずんばあるべからず 罪福は慎まずんばあるべからず 鐘谷の応まことにゆえあり 原因と結果は信じなければならない法則であり、罪と福は慎み方の結果である。この道理は鐘が谷にこだますることと同じである。 「十住心第三」…
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'18.12.06
さとり
12/8は、釈尊・お釈迦様がさとりを開かれた記念の日、成道会になります。 さて、その「さとり」とは何であるかには様々な表現がありますし、また色々に理論化されているのですが、基本的には「私たちの人生は苦である」けれども、「…
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'18.11.30
技芸
不退転の菩薩大士は……世間的な芸術や技術の事柄、そのすべてをも、智慧の完成のおかげで、ものの本性(法性)と一致させる。かれはさとりの世界(法界)と関わりのないような如何なるものも見ないで、あらゆるものがそれに導いていくと…
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'18.11.30
苦楽を超える
仏教の第一の目的とは、私達がみな平安に生きていくこと、に尽きます。苦楽ふたつながらに経験しながら私達は生きているわけですが、仏教では「一切皆苦」といい、一見したら楽しい、幸せだ…と感じる事柄も、よくよく考えたらすべて「苦…
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'18.11.19
仏典
佛は独り我が為に法を説く 『大品般若経』 ………………………… 仏教には「八万四千の法門」と称されるような膨大な聖典があります。 もっとも基本となる大正新脩大蔵経は、分厚い大判の漢文びっしり三段組みで100冊近くあります…
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'18.11.13
慈悲のはたらき
仏心は慈と悲となり 大慈は楽を与え 大悲は苦を抜く 抜苦は軽重を問うことなく 与楽は親疎を論ぜず 仏心とは慈悲である。大慈は差別なしに安楽を与え、大悲は親疎を問題にすることがない。 「性霊集六 天長皇帝雨乞」 ………………
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'18.10.31
真言は素晴らしい
真言は一切の法の母たり 一切の法の帰趣なり 真言はすべての教えの母であり、すべての教えは真言に帰結する。 「十住心第九」 ………………………… 僕自身がずっと念持している真言があるのですが、その内容…字面の解釈だけではな…